Twitter の登場は、情報化社会(インフォメーション)の終焉を意味し、諜報化社会(インテリジェンス)のはじまりを意味する。そしてメディアは諜報活動だという本 質をむきだしにする。ゆるいつながりと非対称の双方向性が密室化を阻み民主化を補完する。そこがメッセンジャーの通信機能との違い。
だからTwitterが、新しい通信手段だと思っている人はつぶやかない。でもやっている人は、TL(タイムライン)のスピードだけがTwitterの醍醐味じゃないと気づいているはず。自らがメディアと化していることをどこかで思っているはず。
既存メディアの仕組みと限界が目の前に晒されたとも言える。メディアの即応性と伝播性はTwitterによって完全に網羅されている。既存のメディアのそれの多くが既得権益に過ぎないことが皆分かり出している。
いままでαブロガーあるいはメディアが発する情報の流れが偏っている、要するに特定の誰かが権威になり、情報操作に対する壁を感じていた限界が、Twitterによって同等な強さを持ったということ。草の根ともちがう。強者弱者の問題ではない。
ブ ログの時代には、二次元で広がっていった情報の偏差が、Twitterになって、しかもiPhoneにより現場にリアルな現場に出逢うことで誰でも瞬間的にαブロガーになり、三次元化・同時多発化する。だから事件が起きてもみな各方面から情報を見 ることができるし、権威が発言してもそれに拘泥されることにはならない。140文字というのは、長口上が正しい知性では無いと証明してくれる。
次は、その大量のBUZZをどのように分析出来るか、その機能を作り出す段階に来ているよね。諜報活動(スパイ)を自動化出来るのか?こういうことを考えると逆に歴史の本を読みたくなる。佐藤優が云うように、諜報活動の90数%は、誰でも知っている新聞などの情報を読みこなすことにある。
しかし、ある時期から事件やニュースは作られ印象操作されるようになった。もっと言えば事実よりも誰かにとって重要なことがある。「なに」を知っているかから、「だれ」を知っているかという時代になってくる。ニュースの本来の意味“NEWS”に、ただ元に戻っただけかな?
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スロー・ブロガー宣言(一部誇張がありますが…)
ブログは、「ある事象について、自分の意見を書き、それを読んだ人がコメント、あるいは自サイトに意見を書き、トラックバックをして、多種多様な意見が、立体的に合意形成されながら、次の議論を生み出す」、そんな学問的な上昇スパイラルを描く集合知を生み出すツールとして用意された。私はそのように理解をしています。
それまでのタグ打ちのガリ版型壁新聞の孤立した静的なサイトが、ブログにより、即時の相互リンク、参照、引用が簡単になり、いつでもON状態な動的なサイトに生まれ変わった。
…はずだった。
しかし、いつのまにか日本人に多い、日記形式というブログが現れ、webを席巻する。ブログの利便さのひとつの「コミュニケーション機能」の拡張だ。これは何を意味するのか。
ブログの内容が、これまでの個人の「意見」から、個人の「行動」へとフォーカスが移るようになる。「行動」に、良し悪しは無い。当たり前だが、議論することでもない。その結果、意見の相違を論じて楽しむ遊戯よりも、賛同コメントがたくさん並ぶ。このあたりも日本人っぽい「和」の精神だと思う。
twitterが流行るのも、その延長上にあるのだと考えている。一方的な書き捨てだし、そもそも日常のコミュニケーションでは、ブログにエントリーして書くほどのことは起こらないと。
それは「コミュニケーション」ではなく、単なる「コネクト」だと思う。
Googleが進めている、Google waveの開発は、その究極の世界ではないだろうか?人とヒトが繋がっているというより、物理的に接続している感かなあ。
あるブログ記事に、Googleの財団にいて退社した社会企業家のコメントとして、「Googleという会社は、社会の改善についてもエンジニアの性急さで、結果を求めすぎる」というのがあった。
要するに、技術の進歩に人間はついて来なければならない、という考え方なのだろう。
ちょっと話が飛び過ぎました。
新しいニュースが、テレビ、雑誌よりも先にたくさん手に入るようになり、喜んで、先陣切って、ブログに載せていましたが、もう、このスピードには、ついていけないなと思うし、それに巻き込まれても仕方がないのではと思います。
マスメディアのパロディをやっているような気がして仕方がない。もし、それがレアなニュースであっても、従来のメディアと違いネットでは、独占独自の取材ができるはずもなく、誰でも時間差でアクセスは可能だから。その数時間、数分に血眼になっても消耗するだけだと気づいた。
だから今後は、記事の新しさ古さに係らず、おもしろいと思ったものを丹念に取り上げたいと思います。バカな企画は思いついたら別にやりますが…。ジャーナリズムに、報道(ストレートニュース)と調査報道があるように、切り口や内容を複合的にしたり、何度も書き加えたりして、記事をフォローするスタイルを採っていったら、どうだろうかと思っています。
そうすると、更新のスピードが遅くなるような気もするのですが、仕方ないかな。
ま、そんなカンジでしばらく書いてみたいと思っています。