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	<title>角田亮のブログ　“imprinted-agers’　blog”</title>
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		<title>映像から音を削る―武満徹映画エッセイ集</title>
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		<pubDate>Sun, 16 Oct 2011 11:18:10 +0000</pubDate>
		<dc:creator>角田 亮</dc:creator>
				<category><![CDATA[映画本-え]]></category>
		<category><![CDATA[映画本-た]]></category>

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		<description><![CDATA[武満徹の映画についての文章を読むといつも背筋が伸びる思いがする。甘えや憧れあるいは慣れ合いではなく、映画との距離を取りながら真剣に向かい合っている様が読み取ることができるからだ。本書はこれまでの全集などには収録されていない文章も取り上げられている。 現在の日本映画界の状況からは理解出来ないだろう部分は、いくら斜陽産業と言われようと映画会社の力は絶大でそこから外れた独立プロの作品を製作・配給することがどれほど困難な状況であったか、それを想像することももはやできないのかもしれない。 「映画」という観念の具現化を推し進めると、どうしても最終的に残るのはドメスティックな部分になりがちだ。倒錯した考え方だが国際的な市場でウケる映画は大抵ドメスティックなものなのだ。フジヤマ、ゲイシャ、サムライといったオリエンタリズムのアイコンだ。 武満氏の思索を読んでいると、まず彼の映画音楽は劇伴ではない。映像と立ち向かい映像が語りかけてくる音を「音楽」へと昇華する。だから「音楽」という純粋なイメージを突き詰めるときに、物欲しげな映像は自然と淘汰されていくのではないだろうか。 これは「映画音楽」にある種の固定観念や期待を持った観客や製作者からは疎まれることになるだろう。だからといって彼の音楽自体が観念の世界から降りてこないことはない。映画におけるポピュラー音楽の使い方を見ると真摯な顔の向こうにやさしい表情がみえてくる。 武満氏は映画を愛する余りに映画に全世界性を求めすぎたところがあったのではと思う。その思考のスケール感はきらいではない。むしろこれから私たちが真摯に取り組む部分ではないだろうか。 この歌の由来はこの本を参照。]]></description>
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		<title>Kubrick Season</title>
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		<pubDate>Fri, 14 Oct 2011 12:36:10 +0000</pubDate>
		<dc:creator>角田 亮</dc:creator>
				<category><![CDATA[a Diary: 日記]]></category>
		<category><![CDATA[TV:テレビ-ドラマ]]></category>
		<category><![CDATA[映画-etc]]></category>

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		<description><![CDATA[ツイッターで回ってきました。2008年にイギリスのテレビ局、チャンネル4で放映されたスタンリー・キューブリック監督特集のCMだそうです。素晴らしいオマージュですね。 このCMに関する新聞記事によると、出てくる小道具や機材のほとんどが、実際に『シャイニング』の撮影に使われたものだそうです。 http://www.guardian.co.uk/media/2008/jul/03/channel4.kubrick]]></description>
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		<title>ジョゼフ・コーネル　箱の中のユートピア</title>
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		<pubDate>Sat, 08 Oct 2011 03:08:04 +0000</pubDate>
		<dc:creator>角田 亮</dc:creator>
				<category><![CDATA[Art: 美術]]></category>
		<category><![CDATA[本-し]]></category>

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		<description><![CDATA[アメリカの現代アートというかシュルレアリズムと言うかカテゴライズが難しい芸術家、ジョゼフ・コーネルはその生涯をニューヨーク郊外の小さな街で過ごした。 若くして未亡人となった口やかましい母親と生まれつき身体が不自由であった弟とずっと同じ屋根の下で暮らしたことが、彼の芸術家人生にくっきりと影を落としている。 家族の生活の面倒をみることからのプレッシャーから逃れるために、彼は幼少時代の夢の世界を生涯求め続けた。数々の「箱」が脆く儚くイノセントと永遠さを感じさせるのはそのせいではないか。隠遁した子供は、粗末な食事と甘ったるい駄菓子を主食にして、街に出ると古本屋で雑誌を漁り、地下室でコラージュを作り上げる。題材は幸福だった家族そろって出掛けたコニーアイランド遊園地の風景や映画、バレエの思い出からインスパイアされた小物たち。失われた時代を封じ込める妄執すら感じる。 それは映画そのものの定義に繋がるなと思って戦慄した。コーネルの作り出したコラージュは、絵画や彫刻と違い、現実にある素材を組み合わせて別の意味を見出す手法。過去をフィルムという永遠に閉じ込めて暗い部屋で光と影によって生き返かえっていく…。 当初から彼は映画のことを本物の芸術となる可能性をもった強力な視覚メディアであると考えていた。コーネルの心をとらえたのは、「銀色の光に閉じ込められた人物の表情、眼差しから、理想の美の姿を喚起し、思いもよらない音楽の氾濫を呼び起こすような、サイレント映画がもっている深遠で暗示的な力」であった。 彼の蒐集癖はものすごいものがあって、一時期ファッション雑誌のアートディレクターのようなことをしていて、注文があると彼のコレクションの中から使えそうなイメージを探しだして雑誌用カットやスチルを貸し出したという。また公共図書館に通って、古い絵画やカットを写真複写して作品の素材に使った。映画スターをモチーフに使うのはアンディ・ウォーホールより遙かに早い。 無題（ローレン・バコールのペニーアーケード・ポートレイト）,1946年 何年ものち、バコールはこの箱を見て「これとってもいいわね、手に入れておけばよかった」と叫んだ 映画に対しても同じように蒐集をして、気が向くと訪問してきた客相手にサイレント映画のコメディを上映したという。 実際、コーネルの広範なコレクションは、映画の草創期とでもいうべき時代の作品何千本にも及び、彼自身が数えたところ、その九割が一九〇〇年から一九二三年までのものであった。その頃アメリカで映画を蒐集していた人々はごく限られていたが、みなジョゼフ・コーネルの名前を知っていた。しかし必ずしも、彼が芸術家だと知っていたわけではない。 彼の映画への情熱はやがて製作に向かう。実験映画の古典として有名となった『ローズ・ホーバート』は、誰も知らないような通俗冒険譚を好きなようにコラージュを行ない元の映画の文脈を破壊してコーネルの映画とした。よく見ると彼の作品のモチーフである鸚鵡が唐突に登場したりする。 やがてコラージュ映画から、自ら映画を撮ろうと決めた彼は、当時の若手実験映画監督に声を掛けて撮影を頼む。これがスタン・ブラケージだった。ブラケージはコーネルの1950年代の実験映画は彼のコラージュ作品と同様に重要なものだと語っている。 本書の中で彼の少女愛の世界も明らかにされるが、彼の恋愛歴の中にスーザン・ソンタグや草間弥生が出てきて驚いた。 &#160; 『ニンフの光』 撮影はニューヨーク公立図書館の裏手に当たるブライアント・パーク。主演は十二歳のアメリカンバレエ学校の生徒、ルディ・バークハート。 &#160; 『天使』 『Grir Rednow』 廃線になる高架鉄道の撮影をスタン・ブラケージに依頼したが、コーネルの意に沿わなかったために、十二年後、ほとんど編集せずにただフィルムを裏返しにした作品として公開。ブラケージ版のタイトル『ワンダー・リング』も引っくり返した。]]></description>
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		<title>なぜiPhoneで映画ができるのか？</title>
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		<pubDate>Sun, 02 Oct 2011 13:16:45 +0000</pubDate>
		<dc:creator>角田 亮</dc:creator>
				<category><![CDATA[a Diary: 日記]]></category>
		<category><![CDATA[iPhoneで誰でも映画ができる本]]></category>
		<category><![CDATA[映画本-英数]]></category>

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		<description><![CDATA[今年スティーブ・ジョブズが引退した。もう自分の仕事は終わったと感じたのだろう。彼はMacでパーソナルコンピュータの世界を切り開きIBMなどの大型汎用コンピュータを葬り去った。そのジョブズが今度はiPhoneとiPadで自ら作り出した短かったパーソナルコンピュータの時代に終止符を打とうとしている。 この終わりのはじまりは、実はiPodの時から始まっている。iPodが発表された時、ほとんどの家電オーディオメーカーは冷笑した。極力機能を削っただけで何も新しい発明が無いガジェットに何ができるのかと。しかしご存知の通りiPodはウォークマンを駆逐して携帯音楽プレーヤーの代名詞になった。果たして何が起こったのか？ 21世紀になって、消費者を煽るハイスペック・高機能による差別化の時代は終り、世界は次のフェーズに移った。それは新しいガジェットが、新しいユーザー体験（User Experimence =UX）をデザインしているかどうかということだ。初期のiPodのキャッチコピー、“Rip-Mix-Burn”はまさにこれまで無かった新しいユーザー体験だ。ここからAppleの快進撃ははじまった。 &#160; 映画は19世紀の終わりに、“いまここで夢見る機械”として発明された。映画は古来からの絵画、彫刻、音楽、文学、舞踏、建築、演劇に続く「第8芸術」と称された。逆に言えばある意味これらすべての芸術要素が映画の中で統合され表現されているといっても良いだろう。 映画は活動写真と呼ばれた最初から完成形であり、誕生から100年以上経った今でも、その仕組みはほとんど変わらない。撮影、編集、上映に至る間に様々なテクノロジーが介在している特殊なアートとも言える。キャメラのレンズ、フィルム現像による化学的な処理、1秒間に24コマの映像が映写機を通して暗闇の中で光と影となり現れ投影される。ここに映画の神秘的魔術的な魅力があった。 &#160; 20世紀になって映画はテクノロジーとテクニックを使った巨大な産業となり、夢の工場である映画撮影スタジオで映画を作ることはプロの仕事になっていった。サイレントからトーキーへ、白黒からカラーへ、そして3Dへ…。ハリウッドを中心に映画はテクノロジーとともに進んできた。そして今デジタルの時代へ移ろうとしている。 その一方でテクノロジーは映画をプロの手から解放してきた歴史もある。小型軽量化したカメラと高感度フィルムは、世界中の街角をセットに変えた。同時に映画製作の経験の無い若者たちが次々と映画を撮る時代が来た。そしてデジタルビデオカメラが出てきて、限りなく映画製作は身近なものになった。 デジタル革命により、映画製作の機材（ガジェット）の分野だけでもプロフェッショナルとアマチュアの差が見えなくなっている。誰もがクリエーターになることができるいま、求められるのは映画製作ための新しいユーザー体験のデザインだろう。 &#160; iPhoneではそれができる。このガジェットの中に「映画を作るためのものはすべて揃っている」のだ。いやちがう、「誰でも映画をわくわくしてその場で作れるように設計されている」のだ。 実際、iPhoneを手に取り動画撮影をしようとすると、画角や明るさのバランスの良さにびっくりする。これはこれまで様々な業務用家庭用のビデオカメラを触ってきた経験からみても明らかにユーザー目線で設計されていることがわかる。高機能ではなく、ユーザーの体験を重視しているのだ。そして遊べて楽しめるアプリの豊富さ。これまでの一般ユーザー向けとは違い、突き詰めていけばアイディア次第でどこまでも面白いことができる。 映画はこれまでの芸術の延長上にあった。原作の文学性やドラマの演劇性に大きく頼っていた。だから複雑で難しいものと考えられてきた。これからの映画は「いまここで撮りたいものを撮る」ことから始まる。だから今までと同じような映画を撮る必要はない。撮ったものが映画になる。いまそのような時代の分岐点に来ている。 自分の眼や手の平の感覚の延長として使うことで、iPhoneは映画の可能性を広げてくれる。アプリもこれまでのカメラメーカーのお仕着せの映画っぽく見せるおもちゃではなく、開発者が映画らしく魅せたいという本格的な遊び以上のもので知恵を絞って楽しんで作られているものばかりだ。 スティーブ・ジョブズの引退と共に時代は次のフェーズに移った。iPhoneを使って、“Shoot-Edit-Upload”によって、新たなユーザー体験から未知のクリエーター体験へと、受身だったこれまでの自分を、作り手としてどこまでも拡張し展開できるのだ。  Stay hungry , Stay foolish Steve Jobs   1955-2011]]></description>
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		<title>iPhoneで誰でも映画ができる本</title>
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		<pubDate>Wed, 28 Sep 2011 03:40:32 +0000</pubDate>
		<dc:creator>角田 亮</dc:creator>
				<category><![CDATA[a Diary: 日記]]></category>
		<category><![CDATA[DOFアダプター]]></category>
		<category><![CDATA[iPhoneで誰でも映画ができる本]]></category>
		<category><![CDATA[映画本-英数]]></category>
		<category><![CDATA[本-英数]]></category>

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		<description><![CDATA[人生初著作が出ます。しかも映画本、キネマ旬報社からです！ ツイッター繋がりで、あれよあれよという間にこんなことが起こるなんて感激です。 編集の岸川真さんに感謝。 共著者の樫原辰郎さん（twitterIDは@tatsu_kashi）が実践的な部分を担当しています。 わたしは、内容を補足する「技術がつくった映画史」についてのコラムを書いています。 けっこう好き勝手書いています（笑）。 ものすごく画期的な本に仕上がっていると思います。 9/30発売です。書店で見かけたら手にとって下さい。映画かパソコンのコーナーにあると思います。 しばらくの間、プロモーションを兼ねてブログを更新していきます。 次回は、「なぜiPhoneで映画ができるのか？」です。 ●内容紹介 iPhoneとiPad、そしてこの本があれば、映画監督になれる！ 高性能のカメラが搭載されたiPhone4。撮影・編集・ダビングに伴う標準装備が整い、便利で楽しい多種多様なアプリを活用することができるiPad2。そしてこのガイドブックがあればあなたも自分で作りたい映画を思い通りに作り、世界に発信することが出来る。映像に関連するiPhone4とiPad2の便利な機能や最新アプリを紹介し、撮影から編集、そして配信までの手順を現役の映画監督とインターネット・メディアのプロが伝授する、これまでなかった映画制作マニュアル。 ●主な内容（目次より） prologue　What&#8217;s iPhone 　1　デジタル映像革命宣言世界が変わる！映画が変わる！ 　2　誰もが映像で語る時代が来た！　今、手の中で映画が誕生する。 　3　iPhone４を持って街に出よう！　僕らは変革の真っ最中にいる。 　4　ワールドプレミアはYouTubeで。僕らは世界と繋がっている。 Chapter 1　Let&#8217;s touch 　1　フロントカメラを使いこなす。新たなるカットバックの誕生か？ 　2　Movie日記事始め。出かける時にはiPhoneを。 　3　プレゼンはiPhone4とiPad２で！その場で動画を撮って見せろ！ 　4 　iPhoneMovieで日記を紡ぐ。日常から作品への飛翔。 　5　 iPhoneは日常を変えるツール。暮らしの中でのカメラ機能。 　6　 黒船襲来!!　iPad2！　カメラを備えたiPad！ 　7　iPhone4＋iPad2＝∞　世界最小のモバイルスタジオ誕生！ Chapter 2　Application &#038; Software 　1　iMovieチュートリアル　あのソフトがアプリになった！ 　2　デフォルトでオーバーラップをかけてくれる親切機能。気に入らなければ、タップで切り替えすぐ変更。 　3　iMovie最大のライバル？　手軽にサックリ繋ぐならSplice。 &#8230; <a href="http://www.ryotsunoda.net/2011/09/28/iphone%e3%81%a7%e8%aa%b0%e3%81%a7%e3%82%82%e6%98%a0%e7%94%bb%e3%81%8c%e3%81%a7%e3%81%8d%e3%82%8b%e6%9c%ac/">続きを読む <span class="meta-nav">&#8594;</span></a>]]></description>
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		<title>Visions of Light</title>
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		<pubDate>Fri, 26 Aug 2011 04:44:11 +0000</pubDate>
		<dc:creator>角田 亮</dc:creator>
				<category><![CDATA[TV: テレビ-ドキュメンタリー]]></category>
		<category><![CDATA[映画-etc]]></category>

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		<description><![CDATA[&#160; 1992年製作の映画撮影術についてのドキュメンタリーです。 wikiによる内容説明 http://en.wikipedia.org/wiki/Visions_of_Light 29人の撮影監督と監督へのインタビュー。撮影が重要な映画作品が100本以上紹介されています。ただしテレシネしたプリントの状態が悪いものが多いのでYouTubeで探してニュープリントの画質で見てください。 NHKが出資していたので、日本語版ビデオがあったと思うのだけど現在日本のアマゾンでは見つからないです。英語がすべてわからないので字幕より吹き替えがあるといいですね。キャメラマンたちの偉業、映画史、テクニックが網羅されています。特徴的な映像ルックの部分を観るだけでも楽しい。ハズレのないムービーガイドとして参考にして良いと思います。]]></description>
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		<title>Limbo</title>
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		<pubDate>Mon, 08 Aug 2011 05:48:37 +0000</pubDate>
		<dc:creator>角田 亮</dc:creator>
				<category><![CDATA[Art: 美術]]></category>
		<category><![CDATA[Motion Graphics]]></category>
		<category><![CDATA[映画-etc]]></category>

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		<description><![CDATA[ゲームです。フィルム・ノワールの感覚を巧みに取り入れた映像を見て思わず唸ってしまいました。XboxのPS3も持っていないのでプレイできませんが、製作側がどんな世界観で作り上ようと思ったのか興味があります。]]></description>
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		<title>あくたれ！</title>
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		<pubDate>Sun, 24 Apr 2011 11:57:36 +0000</pubDate>
		<dc:creator>角田 亮</dc:creator>
				<category><![CDATA[本-あ]]></category>

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		<description><![CDATA[教養小説というジャンルがある、あるいはあった。青年が遭遇する様々な社会の苦悩を通して彼らの成長を描くジャンルだ。それは20世紀の半ばまでは有効な物語であったと言える。「青年」というものがなんとなくあったからだ。言い換えれば、社会の一員として組み込まれるまでの一時的な許されるモラトリアムの時間が存在していたということだ。それは一方では、ゲームとしてのケンカや対決に陥ることでじゃれあい幼稚さを担保するだらだらとした世界観を持つ。もう一方では無機質なニュータウンが生み出す殺伐とした暴力としてのケンカに収斂される。どちらにせよ行き詰まった考え方でありジャンルと思われていたことは確かだろう。 「あくたれ！」を読んで驚いたのは、そのふたつの行き詰まりを軽々と越えて、その先の清々しいまでの高みまで達していたからだ。大体、現在の日本の青年の成長を描いた小説が面白くなるわけがないではないか。これだけ青少年向けのエンターテインメントが溢れる中、薄っぺらい現実を生きる彼らにどんな物語を求めるようというのだ。せいぜい記号化した中での動物化したポストモダンな自分探しのストーリーではないか。 しかし「あくたれ」はどこまでも疾走する。ここに確実にある風景の中を。むせ返るような切り離させない人と人の距離を。淀んで息苦しいが愛すべき郷里の坂を。80年代後半ならいくらでもままならない言い訳だけを描き、平板な風景に物語を溶けこませることは難しくないのだが、著者はズラして逃げたり知らぬふりをして通り過ごすことをしない。敢えて愚直に正面から挑んでいく。それは主人公のシンの姿にも重なる。ただそれだけでは青年の叫びを描いた勢いだけの愚鈍な小説になってしまう危険がある。 著者はここでスティーブン・キングやアメリカのハード・ボイルドが生み出した手法を的確に使っている。固有名詞を散りばめて風俗や当時の空気を描く方法だ。これは村上春樹以来、日本の小説でも欠かせない手法だが、ここには罠がある。ただカタログ的に単語を並べれば良いというものではない。そこにどれだけの著者による批評が入っているかで文章が生きるか死ぬかを分ける。映画、音楽について批評眼がないとこれは成立しない。私は非常に成功していると思う。いくつもの固有名詞がここぞとばかりに出現して、登場人物たちのセリフを借りてあきらかに小説の流れを加速しているからだ。軽い単語遊びではなく魂が入ったこういう作業を本当のポップカルチャーというのだと思う。 小説の舞台は長崎だ。最初はそれを意識していなかったのだが、途中でふと「丘の火」という言葉を思い出して読みながらあっと声を出してしまった。「丘の火」は諫早の小説家、野呂邦暢の作品で、日本の隠れたハードボイルドの傑作だと思っている。ロス・マクドナルドを彷彿させるストーリーで舞台は長崎だ。わたしは長崎は子供の頃一度だけ行ったことがあるが、記憶はほとんどない。しかしノンフィクションならともあれ、フィクションの「あくたれ！」を読んで同じ舞台の小説を思い出すことなど経験がない。小説における描写力が的確だということだろう。わたしが好きな小説は必ず、主人公たちが生きる世界の匂いが感じられ、光と影、そして風が感じられる。もうひとつ闇が感じられることが重要だ。それは夜の暗がりのことでもあり、知ってはならない人の闇のことでもある。これを風土と併せて描き切り、その景色はアジアの風景に連なってみえる。エドワード・ヤンかホウ・シャウシェンの映画に通じる湿り気の多い憂鬱が現れているのだ。 そこに描かれる地方都市の闇＝悪の姿が重層的であるのは著者の体験と観察眼から来るものであろうか。歴史を背負った現実の世界に蠢く得体のしれない不条理な巨悪の姿に最初はたじろぐが、時間が経つにつれて彼らの姿も徐々に等身大に変わっていく。それは主人公の成長の裏返しでもあるし、いつまでも戦後を引きずる地方都市の疲弊でもある。しかし物事はそんなに単純ではない。それでも目を見開き、冷静ではあるが冷めずに、やるせなさはあるがあきらめない主人公の姿が共感を呼ぶのだ。彼らを取り巻く学校や警察、闇の社会といった既存の抑圧システムの本質を的確に捉え、それを打ち破ろうとする主人公達の行動の原理とディテールを描くことで物語を深める。 エンターテインメントと読み応えのある小説の文体が融合している骨太の読み物です。映画で言えば森崎東（彼も天草か…）が好きな人ならぜひ読むべきです。著者とは知り合いなので甘い書評と思われるかもしれませんがご一読してお確かめください。]]></description>
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		<title>ケータイ機種変更しました</title>
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		<pubDate>Sat, 02 Apr 2011 12:35:19 +0000</pubDate>
		<dc:creator>角田 亮</dc:creator>
				<category><![CDATA[a Diary: 日記]]></category>

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		<description><![CDATA[docomoから、iPhoneに変えました。 メールアドレスは、softbankは使わず、ryotndアットgmail.comを使用します。 電話番号はそのまま変更ありません。]]></description>
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		<title>ヒアアフター</title>
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		<pubDate>Tue, 01 Mar 2011 10:57:56 +0000</pubDate>
		<dc:creator>角田 亮</dc:creator>
				<category><![CDATA[a Diary: 日記]]></category>

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		<description><![CDATA[こんな「サイキック・ハーレクイン・ロマンス」のシナリオを見せられたら、どんなプロデューサーも120％辞退するか、フランス人の新人女優を使った全編英語のロマンチック・コメディに逃げるはずだ。 イーストウッドは、もはや映画を撮っていない。イーストウッドが撮ったものが、すべて映画なのだ。 『グラン・トリノ』でこの世の者でなくなり、『インビクタス』で、自分の運命の支配者になろうとする者を描き、今作では、ついに与えられた運命に従う者を描く。 しかし、よくここまで手抜きと紙一重の撮影やカット割りができるなあ。自信が無いと恐ろしくてできない。 というかほとんど、現場では何もしていないんじゃないか。「気」を送っているだけで。 これからも、ますます希薄な映画を作っていくと思われる。ドラマを撮らずに、運命しか描かなくなるのではないだろうか。映画の守護天使として…。]]></description>
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